川崎廣進・工房カワサキの世界

〜The World Of Koushin Kawasaki & Koubou Kawasaki〜

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今年2度目のピクニック    2008年07月22日

今日は晴れて第3日曜日の2度目のピクニックに行って来た。何時もながら30人余りのメンバーだが爽快な気分で懐かしい人たちと合流した。

一昨年と合せて12、3回目のピクニックは行く度にメンバーが幾らか違っている。アメリカ系やヨーロッパ系やアフリカ系アジヤ系等国際色豊かである。東洋系の人たちも増えてきた。聞いてみるとアメリカ人だといった。何時もながらこの大きな国にはいろんな国の人たちが住んでいることが分かって我ながら感心した。

車で2時間ほど走っていった所にシュミールペットという地域が在る。私は一昨年の1月1日に行った所であった。この中央部のデカン高原は何処でも同じだが、山の高さはせいぜい100メートルもない低い山々に花崗岩の巨石玉石群が、まるで転がり落ちる様に積み重なり、それも広大な敷地に広がっている風景はデカン高原特有と言えるのではないだろうか。

その周りにはきまって人口湖が在り、よく私は絵を描いた所でもある。このような特殊な地形はアーティストなら誰でも被写体にしたくなる風景である。私の日本に居た昨年、NHKが我々の団体を取材に来インタービューや石山を取材し、日本で放映した事を珍しく聞いた。私は新聞の番組をあまり見ないので残念ながら見れなかったが、DVDを頂けると言われてとても嬉しかった。

こんな遠いインドでもNHKの番組を装置さえ付ければ見ることが出来ると聞いて、途上国でも通信機能においてはまさに先進国並みの発展に驚きを隠せなかった。インドはまさにその世界では日進月歩を超えて、今や音を立てながら秒進分歩の発展を遂げてる事を改めて痛感した。もう悠久の国印度ではない事は明らかだが、相反する国民全体の裾野がまだまだ立上がってこない二律背反の矛盾に国民感情が遠からず噴出し、首相の辣腕を問われる時が近々におとづれる事は火を見るより明らかであるだろう。

私は頭をインド仕様に変えて足元を見つめれば、信号のある交差点には痩せ細った老人や、5、6歳のうす汚い子供や、汚い格好で赤子を抱いた母親や、体に障害を持った人たちが、信号待ちしている車に群がって恵みを請う姿は私ならずとも胸が痛くなり、思わず目を背けてしまいたくなる風景にインドの将来を案じてやまないのである。その風景は悩めるインドの風物画のごとくである。

車が走り続ける間その複雑怪奇なワンシーンが頭から離れず、ましてこのような場面は交差点でならずとも人の集る所なら必ず見かける。美しい伝統色のサリー姿、頭脳明晰で世界最先端技術を進み続けるインド人が居ると思えば、この様な全く正反対の人々の姿はいったい何を物語り、インドは何処に向かって進んでいるのだろうか?  そして最後は何処に着地して国民が落ち着いて生活が出来るんだろうか?  答えはまだまだ先になるんだろうか?  不思議な国インドである。



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