川崎廣進・工房カワサキの世界

〜The World Of Koushin Kawasaki & Koubou Kawasaki〜

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ヒマラヤトレッキングの思い出(その3)    2007年05月22日

第一キャンプを8時半に出発、今日は一番登りがきついので朝から真ん中くらいでの スタートにした。相変わらずミスタービピンは先頭を歩いた。スタート前に1人300ルピ ー(約800円)でリュックをミュー(ロバのような100キロまで背中に乗せて運ぶ家畜) に乗せてもいいと言われほとんどの人がミューに預けて身軽に登った。

私は朝からお腹の調子が良くなかった。スケッチ道具だけ持っていたが重いものではなかった。確かに登りがきつかった。2時間後一度休みをとって登ってたが下痢の兆候が現れた。我慢できずに山中に逃げ込んだ。用を達したとたんに20分後に又もよおしてきた。まだいくらも登っていないのに先々心配になってきた。

今度は一歩一歩が足が重くなってきた。歩く度に息使いが荒くなるのが自分で分かった。思い悩んだ。酸素不足なのか脱水症状なのか3分歩いては5分くらい休んだ。

思わぬ事態になったが無理せずに少しずつ歩きながら体を休めた。お腹がゴロゴロするし用を達している間に何人か喋りながら通って行くのがきこえた。もしも最後になったら私は皆についていけるだろうか?  心配になってきた。とにかく皆の歩く道にさえいたら最後にリーダーが来るはずだ。一寸でも無理すると直ぐに息苦しくなる。酸素不足ってこんな症状になるんだろうか?  それとも体に異常があるのか?  休み休み登ったがすぐに肩で息する辛さだ。周りの景色や草花を楽しむ心にゆとりなんか出てこない。

石の上に座ったり、横たわった倒木に座ったり、路肩で仰向けになって暫らく寝ていた。気持ちよくそのまま眠りこけた。追い越していった人達が心配して薬やポカリスエットなどをくれた。寝ながら考えていた。このままミューに乗せてもらってベースキャンプに戻らしてもらおうか?  私は自分の年齢も考えずに無謀な冒険をしたせいではないか?  色んな想いが私の頭の中をよぎっていった。

何度か仰向けになった時少し眠った気がした。その時に考えていた。もし私がここでタンカで運ばれるような事にでもなったら皆に迷惑が掛かる。いやもしここで天国にでも行くような事になったらどうなるだろう。此処は天国にもっとも近い・・・。そんな事を考えていたら体が軽く感じた。顔を照らす太陽は強く感じた。ヒマラヤの短い夏の太陽は私の肌をジリジリ焼いていた。

私は思わず飛び起きた。こんなことしていたら本当に寝てしまう。まだ後続がいるはずだ。なんとか転がってでも第2キャンプまで行くぞ。最年長なんて甘えていたら皆にヤッパリ年寄りは無理よ、と言われかねない。又歩き出したら今度は空模様が悪くなってきた。何処からともなく雷がゴロゴロ鳴り出してきた。まだ半分の4キロも歩いてないはずだ。

雨が降らないうちに少しでも前に進んでおこう。雨具はもってきたが荷物は全部ミューに預けてある。昨日もそうだったが我々が出発してからきっと2時間くらい後にミューが出発しているはずだ。それまでのんびりとキャンプ地周辺に6匹のミューが高山の短い地皮植物をはんで自分の出番を待っていた。しかし一度仕事になると重い荷物をしょわされて険しい上り下りの山道を休むことなく歩いていく。たいてい真ん中くらいで私達を追いついて行く。ミューが来ると直ぐに分かる。首にどれも銅で作った鈴を付けていて近づいてくると樹間から通り抜ける爽やかな夏の風に乗ってどこからともなく軟らかな心地よい鈴の音が近づいてくる。

ミューに狭い坂道を譲って路肩に腰を下ろして通り過ぎるのをじっと見ているのが私は好きだ。どれも目は優しくラクダと馬を掛け合わした様な顔をして6匹のミューが苦悩の表情も見せずに何人ものリュックをかついで通っていく。背中の鞍がとても美しく赤や黄色や色とりどりの厚手の布で作ってあり下にフサフサがついている。相撲取りの前掛けみたいだ。2匹で1人の(飼い主?)が後ろについて鞭を持って「そら行け」「早く行かんか」と言っているように大声をどの雇い主も張りあげていた。ミューが可愛そうに思った。

そんな光景を見ていると疲れた体の癒しになる。わたしは又元気を取り戻し少しづづ歩き出した。ここは無理が出来ない。直ぐに息が苦しくなる。まだ明日はもっと高い所に登るんだ。前も後ろも人影が無く少し不安も頭をよぎった。『ミューを見てみ、人が6時間も7時間も掛かっていく道のりをきっと1時間余りで行くに違いない』と誰かが私を励ましてくれてる。ミューの雇い主に鞭で叩かれている自分を想像した。

雷がだんだん大きくなり雨が降ってきた。濡れようが何とか明るいうちに第2キャンプに着きたいが体が思うように動かなかった。喉も渇くが下痢の真っ最中でもある。年をとると頭と体がちぐはぐになるってこんな事かな?  足元を見ながらモクモク雨に濡れながら歩いた。先はまだまだ遠いはずだ。せめて話し相手でもいればな〜、いや、たとえいても言葉が分からないのに気を使うと又息が乱れてひどくなる。ヤッパリ自分のペースが一番いい。 何度も何度も今日は独り言を言った。昨日は鼻歌きげんだったのに。

まだ後ろに数人のグループがいるはずだと思うと少し気が楽になった。雨もやみ雲の切れ間から薄日が差してきた。下痢の兆しもだんだん薄らぐと同時に周りの景色や路傍の草花にも心を注げた。転がっている石ころを手にとってこれは安山岩か、花崗岩かな?  ダイヤモンド原石でも落ちていないかな?  薬が効いてきたのか、それともポカリスエットを少し口にしたのが効いたのか分からないが気持ちにゆとりが出てきた。

気を引き締めて歩こう。体の回復と共に歩調も少しは速くなった。振り返っても誰もいないので思い切って歌を口づさんだ。安心して日本の演歌を口づさんだ。帰国したら思い切ってカラオケを歌いたいな〜。

途中で通りすがった子供達に今日は心配かけた。「カワサキ、ファイン?」と何度も言われた。時間と共に何とか第2キャンプに5時頃着いた。周りはまだまだ明るかった。

すでにランチタイムも終わりミスタービピンは「カワサキさん食事があるよ」と言ってくれた。お腹も調子よくないが鍋のふたを開けてみた。油っぽいものならよそうと思っていたが少しだけ口の中に入れた。これも明日の為にと思った。

ミスタービピンは「2時頃着いた」と言っていた。明日は元気になるぞ、と思いつつディナーも断って今日は早く休もうと思い濡れた衣類を総換えしてテントの中に入り寝袋にもぐった。夕食までまだ3時間はある、とにかく横になりたいし体も寒かった。再び持ってきた整腸薬を飲んで寝ながら今日一日の出来事を思い起こした。山の天気は不安定だな〜、『女心とヒマラヤの空』か、苦笑しながら昨日雪解け水をがぶがぶ飲んだのが悪かったのかな?  私の体は何も答えてくれなかなかった。



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